Chijikinkutsu チジキンクツ
2013-2020 サウンド・インスタレーション
作品名「チジキンクツ」とは「地磁気」と「水琴窟」を掛け合わせた造語である。
「地磁気」とは地球が持つ磁性で地球上のどこにでも常に存在しているにもかかわらず人には感じることができない力である。しかし、大航海時代よりもだいぶ前から地磁気を利用したコンパスが役立ってきたし、現代では電子化されたデバイスとしてスマートフォンに内蔵されている。また渡り鳥、蜜蜂、ある種のバクテリアの行動に地磁気が関係しているという研究がなされている。で、磁気を帯び美しいオーロラも地磁気と密接な関係がある。16世紀の科学者ウィリアム・ギルバートは自著の中た地球は生き物のようだ、と書いているが、現代においてもその原理は完全には解明されていない。 もう一方の「水琴窟」とは、江戸時代より伝統的日本庭園の装飾の一つであり、手水鉢近くの地中の瓶に水滴が落下し、反響する音を楽しむ仕掛けである。日本人は古来より、虫の声や松風といった音をあるがままの自然として受容するという独特の感性を持ち、この繊細な感覚からこのような装置が生まれた。ちょうどこの作品を制作していた時期に京都のお気に入りの寺を訪れることがあった。その寺は山中の一番奥まったところに建っている。大きな五葉松の庭があり、その片隅に水琴窟がある。その音を聞いたときに自分の作品に似ていると感じた。後にこのことが作品のコンセプトを膨らませた。 私のこの作品のコンセプトはメディア・アートが依存している科学や技術の実証主義からきているのではないし、一部のサウンド・アートがその基礎を置いている構築的な西洋音楽的な理論から来ているのでもない。通常は科学の分野で扱われる地磁気の作用を取り入れ、日本の自然観の文脈の中で繊細な音に展開したサウンド・インスタレーションにすることである。これは幾つかの素材によって成り立っている。水、縫い針、グラス、銅線である。縫い針は表面張力の作用で水に浮いて、あらかじめ磁化しておいたその針は地磁気の作用で北を向く、そして銅線に流れる電流によって発生音が聞こえてくる。システムにはMIDIが使われてiPadの音楽シーケンサ・アプリケーションから送られるデータを特別に設計したコントローラでそれぞれのコイルに割り振って電流を流すようになっている。 私は作品に多くの要素を盛り込むのした磁気に引き寄せられてグラスにあたり音を発するのである。展示空間の四方に配置したコップからランダムにではなく要素をそぎ落としてミニマムな表現になるように心がけた。そのミニマムとはどういうことか味覚を例に取ってみよう。日本料理では「うま味」が最も重要な味覚である、しかし最近まで甘味、酸味、塩味、苦味の四つが味覚だと思われてきた。西洋の料理の多くは味に味を重ねて深みのある味を追求してきたが、日本ではできるだけ要素を少なくして「うま味」を引き出すという異なったアプローチを行ってきた。それは雑味のない純粋さの追求である。この作品で加えなかった要素は、色、LEDの光、音の増幅などである。結果として、音が際立ち鑑賞者は音に集中できるようになった、またコップの中の針が地磁気と関係があるということを気付かせることになった。 丸いコップの水面に浮かぶ針に地磁気が作用していることから、それは小さな地球のようである。微細な音は鑑賞者の感覚を研ぎ澄まし、小さい音であればあるほど感覚が鋭くなる。そうするうちに音は外部にあるのではなく内部にあると感じられるのである。 |